【神経発達の基礎】原子反射の残存(RPRs)はなぜ起こるのか?:発達遅延と脳の接続異常の関連
大村 颯太

【神経発達の基礎】原子反射の残存(RPRs)はなぜ起こるのか?:発達遅延と脳の接続異常の関連

イントロダクション:原子反射と脳の成熟

原子反射(Primitive Reflexes)は、出生時に見られる感覚運動反射であり、多くは胎内で既に存在しています。その主な機能は、発達中の運動皮質が存在しない状況で、乳児が移動、摂食、保護、方向付けを行うことを可能にし、環境に反応するための基本的な動きを提供することです。これにより、感覚および運動フィードバックが生まれ、脳をボトムアップで構築するための遺伝子が活性化されます。

通常、これらの反射は中枢神経系の成熟に伴い抑制(統合)され、多くの場合、生後1年以内に完全に消失します。例えば、足底反射(Plantar Reflex)は、最も長く残る反射の一つで、生後1年が経過する頃には抑制されるとされています。

しかし、この反射が通常の期間を超えて持続する状態、すなわち**原子反射残存(RPRs)**が見られることがあります。これは、脳の成熟が適切に進んでいない可能性を示す重要な兆候です。

原始反射残存が生じる主な理由

原始反射が残存する理由は、単なる反射の異常ではなく、より複雑な神経発達のプロセス、特に脳内のネットワークの成熟に関連していると考えられています。

1. 皮質成熟の遅延と機能的未熟性

RPRsは、皮質の成熟が遅延している、または異常であることの早期の指標である可能性があります。

発達の「遅滞」または「停止」: RPRsは、皮質および皮質-皮質下接続の神経学的発達の遅延、あるいは「停止」成熟遅延と関係していると複数の研究で指摘されています。

トップダウン制御の欠如: 原始反射は脳幹の領域によって制御されていますが、最終的には前頭葉の発達が「トップダウン制御」を通じてこれらの反射を抑制します。RPRsの残存は、通常、原始反射を抑制するはずの上位レベル(特に前頭葉)からの抑制入力が失われることにより、脳幹の活動が「解放」された状態(frontal release sign)として捉えられることがあります。

損傷がない場合の遅延: RPRsは、脳の損傷や変性がない場合にも見られることがあり、これは皮質発達の成熟遅延の臨床的サインとして機能すると考えられています。

2. ボトムアップとトップダウンの相互作用の障害

正常な発達において、原始反射による運動は感覚フィードバックを生み出し、脳のボトムアップ発達を促進します。これが、より複雑な姿勢反射の活性化と皮質の成長につながります。

ボトムアップ干渉: この**ボトムアップ投影に遅延や中断(「ボトムアップ干渉」)**が生じると、より高度な脳領域(新皮質)の発達が遅延したり妨げられたりし、結果として適切なトップダウン制御が機能しなくなります。

非効率な接続: RPRsの存在は、運動や認知行動のトップダウンおよびボトムアップ処理間の効率的な相互作用に必要な皮質-皮質下接続が効率的ではないことを示唆しています。

3. 脳ネットワークの機能的接続異常

RPRsは、領域間(interregional)の機能的接続断と関連していることが示唆されています。

発達の非同期性: 成熟の遅延は、発達の非同期性や機能的スキルおよび症状の**「不均一性」**を引き起こす可能性があります。神経接続が適切に発達しない場合、行動-環境相互作用の非効率性や脳ネットワークの非同期性が観察されることがあります。

非対称性: RPRsが非対称的に残存する場合、これは半球間ネットワーク通信の機能的欠陥に関連する成熟遅延があるという仮説を強力に裏付けています。

神経行動障害との関連: 自閉スペクトラム症(ASD)などの神経行動障害を持つ子どもや成人において、RPRsの残存は頻繁に報告されており、これは脳ネットワークにおける解剖学的および機能的な接続異常を反映しているとされています。

4. 環境的・経験的な要因の寄与

RPRsが生じる原因の一つとして、経験依存的な神経可塑性が十分に活用されていないことが挙げられます。

運動活動の減少: 近年のライフスタイルの変化、特に早期の運動活動と空間探索の減少は、ASDや関連するRPRsの発生率の増加に部分的に寄与しているという推測があります。

神経可塑性の刺激不足: 運動によって生じる感覚フィードバックは、シナプス形成や神経可塑性を刺激する遺伝子を活性化させます。 RPRsの残存は、通常、上位脳領域の成長と神経可塑性を促進するはずの環境的影響の欠如または減少の結果である可能性があります。

まとめ

原子反射の残存は、皮質発達の成熟遅延、特に大脳のより高度な領域(前頭葉など)による下位の脳幹反射のトップダウン制御が不十分であることの徴候と考えられます。この未熟性は、脳ネットワークの機能的接続異常や非同期性として現れ、ASDなどの神経行動障害における認知機能や運動機能の不均一性に関連しています。

これらの反射を評価することは、生後1年を過ぎた後も続く神経発達上の問題や機能障害を早期に特定し、半球特異的な介入などによる神経発達の改善を図る上で重要な実践となる可能性があります。

参考文献

1. Melillo, R.; Leisman, G.; Machado, C.; Machado-Ferrer, Y.; Chinchilla-Acosta, M.; Melillo, T.; Carmeli, E. The Relationship between Retained Primitive Reflexes and Hemispheric Connectivity in Autism Spectrum Disorders. Brain Sci. 2023, 13, 1147.

2. Melillo, R.; Leisman, G.; Machado, C.; Machado-Ferrer, Y.; Chinchilla-Acosta, M.; Kamgang, S.; Melillo, T.; Carmeli, E. Retained Primitive Reflexes and Potential for Intervention in Autistic Spectrum Disorders. Front. Neurol. 2022, 13:922322.

3. Melillo, R.; Leisman, G.; Machado, C.; Machado-Ferrer, Y.; Chinchilla-Acosta, M.; Melillo, T.; Carmeli, E. Cognitive Effects of Retained Primitive Reflexes in Autism Spectrum Disorder. (Preprint)

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大村 颯太

〜薬に頼りすぎない人生を共に創る〜 理論に固執しすぎず、結果にこだわる柔軟な施術家を目指しています。 ・理学療法士 ・健康科学修士 ・JEFPA認定足育アドバイザー ・発達ケア・アドバイザー初級 ~Let's create a life together that doesn't rely too much on medication~ I aim to be a flexible therapist who focuses on results and doesn't get too hung up on theory. ・Physiotherapist ・Master of Health Science ・JEFPA certified foot care advisor ・Beginner developmental care advisor

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