1. 原始反射とは何か、なぜ重要なのか

原始反射（Primitive Reflexes: PRs）とは、出生時、あるいは胎内で既に存在している感覚・運動反射です。この反射は、赤ちゃんが環境に対して移動したり、反応したりすることを可能にし、哺乳や保護、運動系の成熟を助けるという主要な機能を持っています。代表的な原始反射には、非対称性緊張性頸反射（ATNF）、対称性緊張性頸反射（STNR）、把握反射、バビンスキー反射、吸啜反射などが含まれます。

2. 統合不全（RPRs）はなぜ起こるのか

正常な発達過程において、これらの原始反射は通常、生後数ヶ月から最長でも生後1年目までには**抑制（または統合）**されます。反射が抑制されることで、より複雑で、個々の意思による随意運動の制御が可能になり、皮質の成熟と成長が促進されます。

この抑制は、上位の脳領域、特に前頭葉からの下行性抑制接続によって行われると考えられています。もしこのプロセスが遅延または中断されると、反射は残存し、「残存原始反射（Retained Primitive Reflexes: RPRs）」と呼ばれる統合不全の状態となります。

RPRsが持続すると、下位の脳領域からの不適切な刺激（「ボトムアップ干渉」）が解放されずに残り、皮質の成熟を遅らせ、適切なトップダウン制御を妨げる可能性があります。

3. ASD（自閉症スペクトラム障害）と原始反射の統合不全

RPRsは、発達の遅延または皮質の異常な成熟を示す早期の指標の一つであり、ASDを含む神経行動障害の共通の特徴として指摘されています。

特にASDを持つ個人において、RPRsの持続は脳ネットワークの機能異常と密接に関連しています。定量的脳波（qEEG）分析を用いた研究では、ASDは一般的に、広範囲に分散された統合活動が低く、その代償として局所的で高周波数帯の活動が増加しているという傾向（「U字型プロファイル」として知られる）が見られます。

この脳ネットワークの異常には以下の特徴があります。

1. 長距離過少結合（Long-range underconnectivity）: 離れた脳領域間の接続が不十分であること。

2. 短距離過剰結合（Short-range overconnectivity）: 近接した脳領域間の接続が過剰であること。

3. 異常な側性化（Aberrant lateralization）: 特に右半球において。

RPRsの消失と臨床的改善は、これらのqEEG周波数帯のバランスが改善され、特に右半球における長距離結合が最適化されることと関連している可能性があります。

4. 統合不全による具体的な影響

RPRsが残存することで、運動能力、認知機能、学習能力、行動に多岐にわたる影響が生じる可能性があります。

• 運動機能: 不器用さ（clumsiness）、運動失調、不適切な姿勢、歩行の問題などが報告されています。

• 認知・学習: 注意欠陥/多動性障害（ADHD）や失読症（Dyslexia）などの神経行動障害がRPRsと共存していることが示されています。

• 発達: RPRsは乳幼児の運動スキルが不十分であることと関連しており、後のコミュニケーションや社会的行動にも悪影響を及ぼす可能性があります。

5. 介入の可能性

RPRsは構造的な損傷や病理の結果ではなく、発達の遅延やアンバランスに関連しているため、介入によって改善が可能であると仮説立てられています。特定の運動や刺激を介した介入は、神経系への感覚入力とフィードバックを強化し、より高次で複雑な脳領域のシナプス形成と神経可塑性を促進することで、原始反射の抑制を助けると考えられています。

RPRsの評価は、ASDの発達軌道を特徴づけるための早期バイオマーカーとして役立ち、早期の運動異常の検出は、ASDのサブタイプを特定する上でも重要な手段となり得ます。

参考文献（学術論文）

• Melillo, R.; Leisman, G.; Machado, C.; Machado-Ferrer, Y.; Chinchilla-Acosta, M.; Melillo, T.; Carmeli, E. The Relationship between Retained Primitive Reflexes and Hemispheric Connectivity in Autism Spectrum Disorders. Brain Sci. 2023, 13, 1147.

• Melillo R, Leisman G, Machado C, Machado-Ferrer Y, Chinchilla-Acosta M, Kamgang S, Melillo T and Carmeli E (2022) Retained Primitive Reflexes and Potential for Intervention in Autistic Spectrum Disorders. Front. Neurol. 13:922322.